「北アイルランド社会と壁画一 和平合意以降に注目して」
九州大学学術研究員 福井 令恵(のりえ) 氏
北アイルランドの都市部では、建物の壁などに壁画(mural)が多数描かれています。近年こうした壁画はベルファストの観光の目玉になり、壁画をめぐるツアーはいくつも実施されています。また、観光などで現地を訪れた人によって撮影された写真が、ウェッブ上には数多く載せられています。
北アイルランドの壁画には二つの特徴があります。一つは、一旦描かれた後も描き替えが行われており、変化が大きいという点です。もう一つは、ほとんどが労働者階級の居住区に暮らす地域住民の手によって描かれることです。
北アイルランドの壁画には、100年以上の歴史がありますが、大きな注目を集めるようになったのは、北アイルランド紛争の時代でした。テレビなどのマス・メディアに対する検閲があった時代に、紛争地に住む人々が、自らの主張や感情を表現する媒体として利用したことから注目を集め、また多数描かれるようになりました。そのため、長年対立を象徴するものだとみなされてきました。
1998年の和平合意後も、壁画を描くという活動は引き続き活発に行われています。私は、2003年以降10数年にわたり現地を訪れ、壁画の変化について記録し、インタビューを行うなどの調査をしてきました。和平合意後、北アイルランド社会のニュースが日本で報道されることは少ないですが、紛争の被害を大きく受けた地域では、社会的な課題を多数抱えながらも、問題解決に向けた様々な努力もなされています。
<紛争後>の壁画の変化や、壁画をめぐる動きについて注目することで、北アイルランド紛争後社会の現在を皆さんと考えたいと思います。当日は、壁画の写真も多数お見せする予定です。
<プロフィール>福井令息(ふくいのりえ)
アルスター大学大学院メディアスタディーズ・コース修了(修士:lntemational Media Studies)、九州大学大学院比較社会文化学府博
士課程単位取得退学(修士・博士:比較社会文化)、現在、九州大学学術研究・産学官連携本部 学術研究員。専攻は社会学、北アイ
ルランド地域研究、文化研究。 著書:『紛争の記憶と生きる :北アイルランドの壁画とコミュニティの変容』 (青弓社)
論文 :「分断社会の二つの歴史と共苦一北アイルランドのリパブリカン・コミュニティとロイヤリスト・コミュニティを事例として」(『年報カル
チュラル・スタディーズJvol.2)、 「紛争跡地観光に関する―考察-ベルファスト市を事例として」(『比較社会文化研究』第19号」)など。