生と死のケルト美学-アイルランド映画に読む〈女性的原理〉の可能性ー

日本ケルト協会/ケルトセミナー一日愛外交樹立60周年記念

生と死のケルト美学-アイルランド映画に読む〈女性的原理〉の可能性ー

広島大学教授 桑島秀樹氏

 僕をとらえて離さないアイルランドをめぐる鮮烈なイメージの群れがある。道に迷い牧羊犬に追われた夕暮れの緑野、ひっそりと佇む修道院の庭で施しを享けたスコーンと紅茶、霧のなか「妖精女王」の城をかすめて流れる琥珀色の大河、古代ケルト王の伝説が残る平原の巨岩城。これらの風景は、250年ほど前に生きたアイルランド人美学者を追った現地調査の旅のなかで偶然めぐり逢ったものどもである。
アイルランド/ケルト固有のイメージへの興味は、今回の講演でも触れる古今の「アイルランド映画」をめぐる思索を呼び込むことになった。具体的には、『アラン』(R・フラハティ)や『静かなる男』(J・フォード)、さらに『フィオナの海』(J・セイルズ)、『ONCEダブリンの街角で』(J・カー)、そして『フォースの覚醒』(J・J・エイブラムス)などなど。映画分析の道程にはつねに、アイルランド的感性とは何か、という問いがあった。映画の構成原理の究明を通して浮かびあがったのは、「メタモルフォーゼの美学」「インターフェイスの存在論」といった世界観。「ケルトの女戦士 」「肝っ玉おっかあ」といった人物造形の系譜である。それはまた、「海」の崇高さとも共鳴していた。
アイルランド/ケルトの感性文化を象徴する、このようなたおやかで強靭な地母神的気質の析出は、かの地で深く交わった人々、わけても女性たちとの交歓の日々なしには不可能であったと思う。昨年9月、僕は、二冊目の単著『生と死のケルト美学』を世に問うた。本書は、「美学としては異端の書かもしれない。しかし、僕にとって「美学」とは人生と共鳴していなければ意味がない。ここに登場する場所も人も 一むろ画のワンシーンも一 すべては、現実と夢のなかで融けあっている。
講演では、書籍に結実させたこのような想いについて、すなわち、アイルランド/ケルト的感性のはらむ豊かな可能性について、「アイルン映画」を切り口に、ざっくばらんにお話ししようと思っている

【プロフィール】桑島秀樹(<わじまひでき)
現在、広島大学大学院総合科学研究科教授。専門は、美学・芸術学・感性哲学。1993年3月大阪大学文学部美学科卒業。同大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員PDを経て、2004年4 jlより広島大学総合科学部助教授。2016年2月より現職O同年4月より研究科長特別補佐(国際交流担当)。2011年4月より一年間、トリニティ・カレッジ・ダブリン客員研究員(歴史学)としてアイルランドに滞在。主著に、『崇高の美学』(講談社選書メチエ、2008年)、『生と死のケルト美学-アイルランド映画に読むヨーロッパ文化の古層-』(法政大学出版局、2016年)など。