W.B.Yeatsの薔薇
帝京大学教授 木村俊幸氏
古代ギリシャ・ローマ時代において愛と美の女神アフロディーテ(ヴイーナス)に捧げられた花であり、さらにヨーロッパの中世において「神秘の薔薇」として聖母マリアの純潔を象徴する花だあった薔薇は、その多様な象徴ゆえに、古来多くの詩人によって詩歌にうたわれてきた。イェイツも詩『薔薇」(The Rose)や『芦間の風」
古代ギリシア・ローマ時代において愛と美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)に捧げられた花であり、さらにヨーロッパの中世においては「神秘の薔薇」として聖母マリアの純潔を象徴する花であった薔薇は、その多様な象徴性ゆえに、古来多くの詩人によって詩歌にうたわれてきた。イェイツも詩集[『薔薇』 (The Rose)や『葦間の風』(The Wind among the Reeds)に収録の、薔薇を主題としたいくつかの詩において、もともと豊かな象徴性の備わった薔薇をさまざまな文脈においてうたうことで、この花にさらに新たなる象徴性、あるいは物語性を付与している。そこに見られるものは、アイルランドの文化的独立への志向性と深く結びついた、個別的なものを普遍化しようという意志である。イェイツは、アイルランド神話(個別的、地域的なもの)を古代ギリシア・ローマ時代以来の薔薇の伝統的なシンボジズム(ヨ一ロッパの文芸文化の正統に棹さす普遍的なもの)と融合させることによって、前者、つまりアイルランド的なものの普遍化を図っている。
イェイツは、魔術についてのエッセイのなかで我々の記憶は「一個の大いなる記憶」(“one greatmemory”)の一部であり、その「大いなる記憶」は「象徴」(“symbo1”)によって呼び起こすことができる、と語っている。まさにイェイツの薔薇もそのようなF象徴jであり、薔薇によるアイルランド神話の普遍化とは、かつて存在した「一個の大いなる記憶」をアイルランド国民に呼び覚まし、独立をめぐって分裂していた国民の心を一つに統合することに他ならない。
本セミナーの眼目は、独立前のアイルランドの政治的状況を踏まえながら初期のイェイツが薔薇に託そうとしたさまざまな象徴の意味に照明をあて、さらに薔薇の象徴そのものが孕む問題点を探りつつ、中期以降のイェイツ詩における薔薇の行方を辿ることにある。
【プロフィール】木村俊幸(キムラトシュキ)
1954年広島生まれ。早稲田大学教育学部英語英文学科を卒業の後、同大学大学院文学研究科修士課程を修了。現在、帝京大学福岡医療技術学部教授、西南学院大学非常勤講師。専攻はイギリス・ロマン派詩人、特にキーツ、ワーズワス、バーンズなど。
数年前からアイルランド文学に関心が移り現在はイェイツやシングなどの作品を読んでいる。 2005 年から、日本ケルト協会主催の、月一回の輪読会の講師をつとめている。